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周囲が全く目に入らなくなる

うれしさに舞い上がってしまうと周囲が全く目に入らなくなるという、一見当たり前そうな現象を何回か典型例として経験している。

最初は高校生の時。

学年全体のバス旅行か何かで、付き合い始めたばかりの別のクラスの女の子を私は自分のクラスのバスに呼び、仲良く並んで周囲に幸せのオーラをまき散らしていたあの日。

サービスエリアでの休憩タイムも終わりに近づき、バスに戻るために彼女を待っていると、春のお花畑のように清々しい笑顔でこちらに向い小走りに駆けてくる彼女に気がついた。彼女に向かって微笑み返そうとした私の口元は、しかし、一瞬の後に硬直してしまった。

私の10mほど先の、ちょうど彼女との中間地点には、腰に手をあてて仁王立ちする彼女のクラス担任が、無断でクラスのバスから行方をくらました生徒をようやく発見した安堵感を引き金に、それまでに増幅させてきた心配を一気に怒りに転化させつつあるのを見つけてしまったのだ。

ところが何ということだろう。彼女の方では沸騰寸前の担任が全く目に入らないらしく、満面の笑みを一滴も損なうことなく私に向ってくる。

とうとう彼女は自分の担任に正面やや右から肩をたたかれるまで、私以外の誰も認識していなかったらしい。

教育者らしく、怒りを内に秘めたまま、努めて冷静に彼女を詰問する一言を発した担任に、完全に意表を突かれた彼女の口は半開きのまま、声を発することさえ忘れてしまったかのようだった。

それまで観察者だった私としては、この時を出番とせざるを得ない。彼女の担任が大きな息継ぎの後、二言目を発しようとした、ちょうどその時を見計らって彼女に並び立ち、慌ただしくお詫びの言葉を口にすると深々と頭を下げた。そして頭をもとに戻して、次に彼女が私と共に私のクラスのバスに乗っていることを一気に伝えると、再び最敬礼をした。ここに至って彼女もようやく自分を取り戻したらしく、私と並んで担任に頭を下げた。

自分の生徒のプライベートな一面を目の前で見せつけられてしまった感の担任としては、二人のあまりに直球的な謝罪の姿と純真な高校生カップルの初々しさに、抜きかけた刀を鞘に収めるといった体で渋々ながら納得せざるをえなかったのだろう。あの時は、我ながらカッコ良かったんではないかと思ったが、傍から見ていたギャラリーは、自業自得だと苦笑していたようだ。


続いて二度目の経験だが、これは三度目の例と時と場所、そして私以外の登場人物が異なるだけで、基本的なシチュエーションはほぼ同じという面白い例なのだ。

いずれも会社の飲み会でのこと。

私のお相手はそれぞれのグループにおけるセンターポジション的な女性。そして敵役は彼女たちに一方ならぬ好意を抱きつつも、なにかの行動を起こすことができず、今のところただ見ているだけという男性陣。

いずれのセンターポジションも何の気の迷いか、私に好意を抱いているのだが、あろうことか、その好意を会社の飲み会の場で示そうとしたのだ。ふと気がつくと熱い視線が送られており、彼女に好意を抱く敵役が彼女の視線の先にいる私を特定するのは時間の問題という危険なレベル。できるだけ気づかぬふりをしながら一定の距離を保っていたが、二人とも喫煙者である私のタバコ休憩のタイミングを狙っていたのには驚く。

私にとって運の悪いことに、どちらの店も喫煙場所は我々のテーブルから丸見えの状態であった。
レンズで太陽の光を集めたように、後頭部の一点にジリジリと焦げるような痛みを伴う視線を感じつつ、私はゆっくりと喫煙場所に足を運ぶ。
視界の隅にテーブルを入れながら、唇にくわえた一本の先に点火しようとすると、予想通りのタイミングでセンターポジションが喫煙場所にやってくる。それも小走りに。
テーブルに残された敵役は、レーダーでも搭載しているようにロックオンした彼女を自動的に追尾する。そして彼女の行こうとしている先に私がいることを発見し、私は彼らの顔に怒りの感情がまざまざと浮かぶのを、なすすべもなく見守るしかないのだ。
もちろん彼女の笑顔はイノセントである。

仮に、喫煙場所がテーブルからの死角に位置していたとしても、敵役はレーダー探査が有効な位置または喫煙場所までやってきて、私たちを監視することはおそらく間違いない。男の嫉妬というのは結構粘り気があるのだ。
私としては、彼女の話を上の空で聞き、冷たく背を向けて夜空に向かって紫煙を吹き出すことぐらいしか、選択肢として残されていない。
敵役の監視網が厳し過ぎ、その場を適当に取り繕って他日を期すというオルターナティブはほぼ絶望的だ。

かくしてセンターポジションは誇りを粉々に傷つけられ、その怒りはそれまで好意の対象であったことなど片鱗も感じさせずに、パワーだけは数倍強力になって向かってくることになる。

エピソード・ワンに比べてツーもスリーもトホホなのだが、私に甲斐性がないのが最大の原因だったりするので、それはそれでやっぱり仕方がないと納得するしかないのが悲しかったりする。
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